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伝統と役の心、そして
自らの思いをのせて
「京屋」の名に恥じぬ舞台を

歌舞伎俳優 五代目中村雀右衛門さん

襲名披露演目ゆかりの鐘に成功を祈願

歌舞伎俳優 五代目 中村雀右衛門さんなさん驚かれるのですが、実は私は上方の生まれ。父の四世雀右衛門が大阪の舞台に出ているとき、東京から付き添いで来ていた母が急に産気づき、大阪の病院で生まれています。中村雀右衛門という名も上方が発祥の地。初代は大阪の生まれで、二代目、三代目も上方にゆかりが深く、江戸と上方の東西の舞台で活躍してきた役者です。父も東京生まれですが、兵役で南方から帰ってきたあと、昭和36年まで活動の場を関西に置いていた時期がありました。そもそも屋号が「京屋」ですから、京都にはやはり深い縁を感じています。

れだけに、年末に京都で行われる顔見世興行にも思い入れがあります。今年は襲名披露であり、雀右衛門の名で初めてまねきも上がりますので、さまざまな意味で特別な顔見世となりそうです。

た、年末に先だって、京都岩倉の妙満寺様で興行の成功を祈願する法要を営んでいただくことができました。顔見世では『京鹿子娘道成寺』白拍子花子を初役でつとめさせていただきますが、そこに登場する紀州・道成寺の「安珍・清姫伝説」ゆかりの鐘が妙満寺様に納められているのです。

台装置としては何度も目にしてきましたが現物を拝見するのは初めてのこと。霊鐘というだけでなく、先人たちがこの鐘を思って演目を完成させたのだということをひしひしと感じました。女方には最も大切な舞踊の一つですし、父もライフワークのようにいろいろな道成寺を手掛けています。なかでも『娘道成寺』は私自身もとても大切にしていた出し物。押戻しには海老蔵さんも出演してくれますし、霊鐘に成功をお願いした今、心身を整えて公演に臨まなければならないと身の引き締まる思いです。

名の重みと新たな挑戦

が亡くなって4年がたち、いよいよその名を継がせていただくことになりましたが、まだまだと思っていた部分もあり、いままでのものをひっくるめても足りないぐらいの努力をしなければいけないと、責任の重さを痛感しています。昭和39年(1964年)に雀右衛門の名を父が37年ぶりに復活させたと同時に、兄が八代目友右衛門を名乗って明石屋を継ぎ、私が七代目芝雀を襲名しました。以来、半世紀の間、“雀右衛門”の名は大変なものと思って歩んできました。

は七世松本幸四郎のおじから「60歳を超えて一人前」と言われたそうで、実際に60を過ぎてから三姫(『本朝廿四孝本朝廿四孝ほんちょうにじゅうしこう』の八重垣姫、『金閣寺』の雪姫、『鎌倉三代記』の時姫)を当り役にしました。それが今年、私自身が還暦を迎え、襲名でこの三役を演じられたことに不思議なめぐりあわせを感じずにはいられません。

法要のあと、円満成就のお札を受けた妙満寺にて。「京都はご縁の深い土地」と話す雀右衛門さん。どものころから台詞の言いまわしや所作の一つひとつまで細かく指導し、繰り返し練習させてくれる父でしたが、それでも一番に「気持ち、心を大事にするように」と言っておりました。お役の性根を咀嚼して、熱い気持ちで演じなければお客様には通じないというのが父の信条だったように思います。襲名にあたって、父の舞台や父の教えを思い出し、映像を見て研究しなおすこともあるのですが、動きだけでなくそこに父が込めたであろう「思い」を自分のなかで再生し、父が伝えたいと考えていたことを私という体に変えて、また私自身のものとして舞台にしていくことが、名を継ぐということではないかと感じています。幸い私は女方としてはありがたいことにDNAのおかげもあってか父と同じく若く見えるので、可愛らしさを武器にできるよう芸を磨き、お客様に「四世の風情があるな」とも感じていただけるよう精進したいと思っています。

伝統を受け継ぐということ

年の顔見世は南座が休館中ということもあり、先斗町の歌舞練場が会場になります。歌舞練場は父と藤間流の舞踊で舞台に立たせていただいたこともありますし、先斗町の花街に初めて連れて行ってくれたのは18、9のころだったでしょうか。思い出の街でもあります。また、京都の舞台に来るときも、若いうちは時間がありますから四条界隈をぶらぶらして、藤井大丸の地下で果物を買ったりと、街歩きも楽しいものでした。祇園祭の山鉾町にも知り合いがいますし、何より劇場とまちがとても近い。まちと生活と伝統がともに息づいているのが京都の魅力です。

の街を見ていると「伝統は博物館に飾っておくもんじゃない。生きているものだ」という父の言葉を思い出します。受け継いだものを自分のものとしていまの世に送り出していく。その難しさとやりがいを感じながら、顔見世の襲名披露に臨みたいと思います。
<談話>


五代目 中村 雀右衛門(なかむら じゃくえもん)
昭和30年(1955年)東京生まれ。四代目中村雀右衛門の二男として生まれる。兄は八代目大谷友右衛門。昭和36年(1961年)2月歌舞伎座『一口剣』村の子明石で大谷広松を名乗り初舞台。屋号京屋。昭和39年(1964年)9月歌舞伎座『三笠山御殿』御半下おひろで七代目中村芝雀を襲名。女方として時代物、世話物、新歌舞伎、舞踊などで数々の役を演じる。近年は父が当り役にしていた『金閣寺』雪姫、『葛の葉』葛の葉、『毛谷村』お園、『番町皿屋敷』お菊、『井伊大老』お静、『一本刀土俵入』お蔦、『藤姫』藤の精、『勧進帳』源義経など着実に芸域を広げて定評を得ており、京屋の芸の継承に務めている。平成20年(2008年)日本芸術院賞。平成22年(2010年)紫綬褒章。平成28年(2016年)3月歌舞伎座より五代目中村雀右衛門を襲名。