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京昆布本舗 ぎぼし「とろろ包丁の目打ち機」

職人の手技を支えてきた「目打ち機」。
昔ながらの味と職人を守るための老舗の信条とは。

戦前のものと伝わる「包丁の目打ち機」。とろろ昆布を削る包丁はこれで刃に目を打っていく。

「とろろ昆布」といえば、昔から私たちの食卓になじみの深いごはんの友。海辺のまちなどに出かけると、大きな昆布を職人が包丁で透けて見えるほど薄く手漉きしているようすを目にすることがあるが、あちらは昆布を幅広に削る「おぼろ昆布」。そう考えて振り返ってみると、細くふわふわとしたとろろ昆布を手削りするようすは目にした記憶がない。

れもそのはず、現在とろろ昆布といえばほとんどが機械削り。大量に生産できるよう工夫されたもので、昆布を折りたたむようにしてブロック型に圧縮し、その表面を削って“とろろ状”にしている。一枚の昆布から手で削り出せる職人は日本でも関西を中心に数えるほどしかいないという。それぐらい難しく、熟練した技術が必要なのだ。

ぼろ昆布の場合、幅広の包丁で昆布の表面を繊維にそって削っていくので、木をカンナで削ったような仕上がりになる。ところがとろろ昆布は、昆布の繊維に逆らって斜めに刃を入れ、まるで毛羽立たせるかのようにして削る。もちろん普通の平刃の包丁では細く繊維を削り出せない。

「これが“とろろ”を削る包丁です」。手に取って見せてくれたのは、柳馬場通四条上ルにある京昆布「ぎぼし」の五代目・上田昌太郎さん。明治初年創業の同店は、昔ながらのとろろ昆布、おぼろ昆布のほか、お好みあられ「吹よせ」でも広く知られる老舗だ。

してきていただいた包丁を一見すると大きめの菜切包丁のように見える。が、よくよく顔を近づけてみると、肉眼で確認できるかどうかというぐらい細かく刃がギザギザと刻まれている。この刃先はとろろを削るうちに摩耗し、刃の目がなくなるため、とろろ職人はまずこの包丁の刃を手入れできなくてはいけない。

包丁に刻まれた細かな凸凹が、とろけるような「とろろ昆布」の食感を生み出す。に目を刻むための道具が写真の「目打ち機」。目立てとも呼ばれるこの作業は、包丁を機械に固定したところへ上から鋼製の刃を打ち降ろし、目を刻んでいく。鋼の刃は同じ位置で縦運動をするので、右手のハンドルを回しながら包丁のほうを少しずつずらしていく。目に見えるかどうかという細かな刃を、しかも等間隔で刻み付けていくとあって、息詰まる緊張と根気のいる作業だ。京都でもこの機械を扱える人は少なくなってきた。

前、四代目の上田敬治さんは大阪へ修行に出た。本来、とろろ昆布の削りは専門職人の仕事なので、店主である敬治さんが手がける必要はないのだが、「職人と対等に話ができ、仕事の質を見抜ける目利きでなくてはいけない」という三代目の意向だった。「とろろ昆布だけは、長年やっているから上手く削れるというものでもない。最初に腕のいい親方に付いたかどうかが分かれ目。手の癖が抜けにくいんです」と敬治さんは話してくれた。戦前は腕のいい職人がたくさんいたが、太平洋戦争などで出征し、技術が散り散りになってしまった。敬治さん自身も陸軍に所属したが、同じ連隊の初年兵1000人のうちわずかに帰還した3人のうちの1人だったという。戦争は人の命とともに、長年受け継がれてきた技や食文化までをも奪ってしまう。

打ち機も現存しているものは僅かと思われる。いまや製造や修理する職人がいるのかどうか。同店にはかなり古いものもあったが、人に貸し出してそのままになり、写真の機械は偶然、戦前のものを保管していた人から譲り受け、大切にしてきたのだという。

度な湿気を必要とする昆布が、風味良く食べられるのは2〜3週間。「200gくださいと言われて、100gにしときなはれ、というのはぎぼしさんぐらいだと笑われます」と昌太郎さん。しかし、買い置き商品は最後に食べた味ほどが印象に残る。やはり美味しいうちに食べて欲しい。長年の常連さんで、2週間に一度50gずつ買って行く人もあり、「そういう口の厳しい方々に、店も職人も育ててもらっているんです」。これこそ京の味を守る老舗の気概といえるだろう。

京昆布本舗 ぎぼし
京都市下京区柳馬場通四条上ル
TEL.075-221-2824